道徳の学び(二)  
                 秋 葉 佳 伸
        根友(農業開発研究機構)代表者
   
かつて祖母の熱心なすすめで、私は道徳を科学的(事実的)に研究しそれに基づく教育をしているという短期大学に進んだ。大講堂には「天爵を修めて人爵之に従う(修天爵而人爵従之)」の額、大食堂には「大学の道は明徳を明らかにするに在り(大学之道在明明徳)」の額、また当時は全寮制であり、寮の玄関を入ると「自我 没却 神意 実現 之自 治制(自我没却神意実現の自治制)」との墨痕鮮やかな 創立者 広池千九郎先生の書による横長の額が掛けられていたが、当時この意味を特に思わずに卒業した。
しかし近頃私は上掲の八字の意味の重要性を特に痛感している。現在、世界も国も地方もすべて民主主義が至上である。よって、この額が国連や 国会議事堂はじめ県や区の、また市町村の全部の議事堂の入り口か各委員会の室内に掛けることを提案したい。そうなると、多くの議会は勿論、社会は相当に改善されるに違いないと思う。テレビにて各議員の発言や動きを見ていると神意実現の見本は少なく、程遠いことも多く、見る気がしないと言う声も出る。
すべてのものごとの中には道徳心の上中下が流れているという。
さて家庭のお母さん達は、昔から 自我を没却して、神様の代理となって毎日、家族の健康な暮らしを考えて励んでおられ、神意実現の体現者のようだ。いつも自分のことより家族全体の事や将来のことを考えられ、習慣となっている。実に尊い。
このお蔭で各家庭も社会も広くは人類も日々が保たれている。
さてこの道徳教育は卒業後も社会教育として続いており、その後学んだことは、「人生の成り立ち」には、偶然はなく、みな原因があるとのことである。それは。

一、自然の環境の影響
二、社会の環境の影響
三、家庭の環境の影響
四、各自の精神作用と行為であるという。
誰の心も行いもこれでなされている。

いま私も七十五歳となり、是をかみしめてみて、実にこのとおりだと思う。
人は誰でもこの四条件の中に生まれ育ち、これらの影響を受けつつ改善を志す。
自分も他人も社会も国の成り立ちをも見るときに、この条件をあてはめてみるとその人や社会や国の姿の有り様が良く解かる。成程そうか・・・と。
そこで与えられた各条件につき謙虚に正しく理解と反省をすすめ、加えてより優れた精神に学ぶことが必要であり、そこにこそ道徳的な知識と実行の価値がある。
自然の環境の力の偉大さ、有り難さ、また恐ろしさ、今年は痛感の極みである。
最近は自然の環境を大事にしようとの声は多いが、その恩恵を敬い感謝の心の上に自然の原理を究めて法則を見出し、法則に服従し応用して災いをさけ幸を頂ける。
次に社会の原理を究め、法則を見出し、適応してこそ正しく恩恵を頂ける。
社会構成のもとは、まず各自の保存ではあるが、其の過剰を抑える(自我の没却)とともに相手や第三者や全体のことも真に考慮するという道徳心が必要である。
政治・経済は社会現象であるから是は構成メンバーの道徳心の有無の如何による。
人や組織や財や時間を生かすも消すも人であり、メンバーの道徳心と行動にある。
国家も組織も家庭も、その団体の成立や維持には、道徳的原因と結果の法則がある。道徳心すなわち人の品性が、つくる・つながる・もちこたえる力 の基本。原動力であるという。目には見えないが、こころの存在と法則が働くという。
「徳を尊ぶ事学知金権より大なり」でリーダーは道徳的指導者が望ましいという。先を急い で書いてみると、道徳心の要点は 各人の心得として「親心」を根本に持つべきことを学んだ。
「どなたも親の子である。先の四条件の中に生まれ育ってきた愛し尊ぶべき方々だ。益々幸せに立派に、なっていただきたい」との、低い優しいあたたかなこちらの慈悲心・反省心・至誠心すなわち真心は、ただちに相手の人の心には、鏡のように映る(最近ミラーニューロンの発見により)ことが確かめられている。
「慈悲にして、寛大なる心となり、且つ 自己に反省する」という心、この心こそ、諸聖人達が共通して、自ら示され、人々に教えられた「親心」の基本であり、それが当時の人の心に映り、 安心を与えた結果、協力心が出て心のまとまりが実現した。
諸聖人の出現を通じて、はじめて人類は目に見えぬものに対する畏敬の念を起こす事ができ、尊い神佛の如き心の存在と心の法則(因果関係)の存在を知ったという。品性の完成すなわち 清く優れた心の体得が人生の根本的な目的と学び進んできた。 
「自我没却神意実現の自治制」たる民主主義の実現に向かい日々を重ねて参りたい。